バングラデシュ バックパッカー旅/2009年

誰しも人には見せたくない恥部ともいうべき部分がある。それは過去の言行であったり、今現在の事であるかもしれない。人の集合体たる国家にもそれは存在し、バングラデシュも国家である以上例外ではない。

僕はバティアリという町に居た、いや、町というべきなのだろうか。海岸線と平行する大きな道に沿って延々とガラクタ屋が並ぶ。そのガラクタは家具、便器、大きなタンク、何か大きなモーター、エンジン、救命ボートに救命胴衣。サーチライトや丸い窓。

ここは廃船からもぎ取ってきたあらゆるガラクタを扱う市場だった。そして、その供給元となるのがその海岸だ。

世界のあらゆるところから廃船がここで解体されている。砂浜に座礁させた船をほとんど手作業で解体していく。外壁などはバーナーで切れ目を入れ て、浜の大型ウインチでずどーんとひっぺ剥がす。かつて砂浜だった土地はすでに廃油でドロドロになっていて、いたる所に小さな金属片や何かの部品が散らばっている。

そんなところを特に防具もつけず、わずか時給12円程で働く人たち。危険物質を垂れ流し、搾取ともいうべき僅かな賃金。事故で死傷者も数多く出るという。

こここそバングラの恥部ともいうべきところだ。ウワサでこういうところがある、と聞いていた。ただ、一般人は浜には立ち入れない。



でもこういう時にはいつも思う。

行けばなんとななるかもしれないし、行かないと何ともならない。

気楽に考えられるのは旅人の特権だ。




バスを降りで浜の方へ行くと、ゲートが見えてきた。時折開き、作業員たちが出てくる。いきなり入ろうとするのは愚策に思えた。そこで、ゲート前の店や茶屋の人たちと仲良くなっておいて、そこから活路を見出す事にした。。

と頭に思い描いたが、そんな作戦もなんのその、ゲート前に辿りつく前に「こっち来い」「このゲーム一緒にしよう」などなど、声かかりまくり。向こうの方から仲良くなってきてくれるのは、やはりバングラだ。

そんなわけで彼らの手助けでとりあえずはゲートの中には入る事ができた。利発そうな若い作業員を捕まえて、事務所まで連れてってもらう。責任者風のバングラ人に

「写真撮らないから浜を見せて欲しい」

と伝えると意外にも簡単にオーケーが出た。


さすがに勝手に歩き回るのは危険という事で、案内役たる作業員がつく。事務所から離れたところで彼にそっとお金を渡し

「写真オーケー?」

と聞くとニッコリ。

このような大型船が数えきれない位砂浜に鎮座している
このような大型船が数えきれない位砂浜に鎮座している

砂浜は数えきれない位の大型船。あんまり目立ってカメラ振り回せなかったのでこの位の写真しか撮れなかったが。

ここがバングラデシュの鉄の供給源だという
ここがバングラデシュの鉄の供給源だという
中央に小さく写るオレンジ色のシャツの人と比べて欲しい。巨大な船の輪切り
中央に小さく写るオレンジ色のシャツの人と比べて欲しい。巨大な船の輪切り
気さくな作業員たち。まだ小学生くらいの子もいる。
気さくな作業員たち。まだ小学生くらいの子もいる。

その巨船たちは内部をえぐられて、皮をはがれて、そして沈黙しているはずなのに、圧倒的な存在感。バングラには見所は何も無い、はずだった。けれども他で はまず見られない光景がここにあった。観光地では無いし、一般人が普通入れる場所でも無い。けれども、それでもやはりここは僕にとってバングラの一番の見 所だったと思う。

パンフレットに載っている風景はもういい。それはある意味、その写真の元を確認したに過ぎないとも言える。バングラデシュといえば、という風景が無いからこそお勧めできる。

そう、それは行けば必ずアナタだけのバングラを見る事ができるからだ。


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